現在時刻:午前10時32分

やはり昨日は非常に寒い日だった。天気予報では予想最高気温が19℃と抜かしやがっていたが、実際は10℃未満・・・
夜、晩飯の買出しに外に出たとき吐く息が白く、足元からかなり寒々しさが伝わってくる状態だった。
それで今日は晴天なれど北風強く、完全な冬の状況となっている。
予想最高気温は12℃となっているが、冷たい風が強い分、体感温度的には10℃以下の感じだろうな。
それでも天気がいいから気分的に憂鬱度はさほど高くない。




昨夜は「さくら荘のペットな彼女」第8話「どでかい花火をあげてみろ」をリアルタイムで連荘鑑賞!(笑)
TOKYO MXでは24時30分からで、25時からはtvkで放送される。
夏休み最後の夜に学校のプールに入るさくら荘メンバー5人。未だアニメでは登場してこない赤坂龍之介以外は全員参加の青山七海歓迎パーティ!
青春だねぇ〜!
羨ましい!
お決まりの水着ポロリはましろが担当(笑)
そこは原作どおり。
そして警備員に見つかり全員脱走!
原作はもっと凄いが、TV放送のアニメではこれが限界か?
しかし打ち上げ花火が炸裂する空に向かってましろが駆け出しジャンプしていく姿はオリジナルだな。全員が思わず見惚れる。そして空太に言った言葉。。。
モチ、ましろ的には違う意味で話したのだが、空太には非常に響く言葉になった様子。
最後はさくら荘で花火をやるメンバー
原作どおり七海さんはパンツを忘れて学校から帰るときはノーパンだったのね(笑)


次回放送ではリタが登場する。次回予告で登場!
中の人は誰だか判断できなかった。




ガールズ&パンツァー」第8話鑑賞
大洗女子学園の学園艦から新たな戦車を探し、発見される。
いくらなんでも旧日本帝国陸軍の89式中戦車では第2次大戦中の連合国のどの戦車にも歯が立たなかっただろうに。。。

八九式中戦車性能諸元


全長 5.75 m
全幅 2.18 m
全高 2.56 m
重量 自重11.9t 全備重量12.7t(甲型)[1]
懸架方式 リーフ式サスペンション
速度 25 km/h
行動距離 140 km
主砲 九〇式57mm戦車砲×1
(砲弾100発)
武装 九一式6.5mm車載軽機×2
(銃弾2750発)
装甲 最大17 mm
エンジン ダ式一〇〇馬力発動機
水冷直列6気筒ガソリン
105 hp/1,400 rpm
118 hp/1,600 rpm
乗員 4 名


よくもまぁ、生き残ってこれたわという感じ。。。(苦笑)
史実では旧日本帝国陸軍の戦車でまともに対戦車戦を行えるほどの性能をもつのは75ミリ野砲を主砲として搭載した三式中戦車からではなかったかな?
四式中戦車は試作車が2両造られただけで、量産には及ばず終戦となったので実戦には参加していない。
もっとも三式中戦車も本土決戦に向けての兵力温存政策によって全く活躍はしていない。
終戦間際に一両だけ完成した試製120t戦車(装甲最大200ミリ、主砲は100ミリ、重量は現代の90式戦車の2倍以上)が三菱重工でできていたが敗戦と同時に埋められたとの噂がある。一応ウィキペディアには載っている。

120トン戦車


120トン戦車(オイ車) 性能諸元
全長 11 m
全幅 4.2 m
全高 4 m
重量 120 t(140 t説あり)
速度 25 km/h
主砲 10cm加農砲×1
武装 47mm戦車砲×1
7.7mm機銃×1
 後部機銃×2
装甲 200mm(主要部)
エンジン 川崎BMW水冷V形12気筒ガソリン
550馬力 × 2 
乗員 11 名


1944年(昭和19年)に開発が始まり、三菱重工業東京機器製作所で製作が行われた。通称は大きいイ号車(八九式中戦車)の略でオイ車(大イ車)、あるいは三菱重工東京機器製作所の略でミト車と呼ばれた。
主砲に九二式十糎加農砲を搭載、一式機動四十七粍速射砲と7.7mm機銃をそれぞれ別の前部砲塔に装備した、合計3つ(4つという説もあり)の砲塔をもつ多砲塔戦車。エンジンは航空機用の川崎BMW水冷V型12気筒550馬力発動機を戦車用に改造し2基搭載していた。総重量は120tあるいは140tになった。
最大装甲厚は200mmもあり、当時の日本軍戦車としてはかなりの装甲を誇っていた。またきわめて重い車体を支えるために新型懸架装置が開発され導入されたとされる。
終戦直前に、三菱重工業下丸子工場で1輌だけが完成し、試運転の為に相模陸軍造兵廠に搬入され、試験の後に(敷地の舗装が滅茶苦茶になったそうである)、シートを被せた状態で置かれ、分解されて、満州に送られるのを待っている途中で終戦を迎えた。終戦直後に目撃した相模陸軍造兵廠の工員の話では、砲も取り外され、既に半分スクラップ状態であったと言う。
静岡県富士宮市にある若獅子神社で保存されている幅800mmピッチ300mmの大型キャタピラは、この時のオイ車の物だと言われている(100トン戦車のものという説もあり)。


一応実在していたみたいやね(笑)
実際実用的だったかどうかは当時の日本の工業力、基礎材料工学などから想像するに、ナチスドイツ軍のエレファント重戦車よりはかなり劣っていたはず。。。
現代でも一般道を120tもの重量の戦車が通ったらちょっとした橋では落下するだろうし、道路はズタズタボロボロになるな(苦笑)